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京都地方裁判所 昭和29年(行)19号 判決

原告 関西染織株式会社

被告 京都労働基準局長

訴訟代理人 今井文雄 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告代理人の主張と証拠の提出認否

(請求の趣旨)

被告が原告に対して昭和二十九年三月二十五日なした左記労働者災害補償保険料認定決定はいずれも無効であることを確認する。

一、南有第二七九二号 保険料金 九、四五〇円

二、南有第二七九三号 保険料金 三、〇二四円

訴訟費用は被告の負担とする。

(請求の原因)

一、本件の事実関係、

(一) 原告は肩書地に本店を有し、各種紡織機、染色整理機及び附属品の販売並びにこれに附帯する業務を営んでいるものであるところ、右業務の一部として、京都市所在の訴外黒川工業株式会社に対し別紙のとおりの経緯により二回にわたり染色整理機をそれぞれ売り渡した。(以下この各取引を本件取引と略称する)。

(二) これに対し、被告は昭和二十九年二月二十八日原告に出頭を命じ、本件取引における各機械の組立据付工事(以下これを本件工事と略称する。)は請負契約に基く請負工事で、労働者災害補償保険法(以下これを労災法と略称する)第二十八条第二項所定の有期事業に該当し、且つ原告は労災法第八条にいう元請負人と認められるから、本件工事は原告をその事業主として労災法第六条所定の保険関係が成立するとして、概算保険料報告書及び確定保険料報告書をそれぞれ提出すべく要求した上(原告は不服であつたがやむなく右の各報告書の末尾に記名捺印のみしてこれを提出した)同年三月二十五日右の理由に基いて本件工事のうち四色両面捺染機一台の据付工事につき南有第二七九二号保険料金九、四五〇円、二屯キーヤ三台の据付工事につき南有第二七九三号保険科金三、〇二四円なる労働者災害補償保険料を各認定決定(以下これを本件認定決定と路称する)し、その旨同月二十七日到達の書面を以て原告に通知した。

二、本訴の無効原因

しかし、原告は事業全体としてはもとより、部分的(本件取引をさす)にも、労災法にいわゆる強制適用事業を営むものではなく他面また原告の業務は専ら販売を目的とし請負工事を業とするものでもないから被告主張の如き元請負人でもない。したがつて原告の事業には全体としてはもとより、部分的にも労災法所定の保険関係の成立する余地はない。しかるにこれあるものとしてなした本件認定決定は、それ自体明白且つ重大な瑕疵を有する行政処分であり、無効といわねばならない。

よつてその無効確認を求める。

(被告の主張に対する答弁)

被告主張の事実のうち、「(三)保険料算定の根拠」についてはこれを争わないがその余の左記主張事実は全てこれを争う。

一、被告主張の一、本件工事につき労災保険関係が成立するとの主張について

(一) 本件工事は労災法第三条所定の強制適用事業に該当しない。

1、本件工事は、同条第一項第二号(イ)の「その他の工作物の建設」には当らない。すなわち、

同号は「土木建築その他の工作物の建設」と規定しているから、この立言方式就中「建設」という文字の使用よりみてこの「工作物」とは土木建築に類似した工作物に限られるべきである。

2、仮りにそうでないとしても、原告は同号にいう「常時労働者を使用するもの」に当らない。すなわち、

この「労働者」とは労災法の立法趣旨からみて強制適用事業を受ける性質内容を持つ作業のために事業主が、自らしかも直接その作業自体(本件取引においては本件工事自体)のために使用する労働者のみを指し、またこの「常時」とは、同号後段の「又は一年以内の期間において使用労働者延人員三百人以上のもの」との対比上も明らかなように通年的に労働者を使用するものに限ると解すべきである。(1) しかるに、本件工事に従事した労働者はいずれも訴外久保工作所、同神崎鉄工株式会社がそれぞれ自ら使用する労働者であり、その労働賃金もそれぞれの使用主が支払つており、原告の使用する労働者ではない。(右訴外の両会社は、いずれも強制適用事業を営むものとして労災保険に加入しており、また本件工事は両会社の出張工事であるからもし被告主張どおりであるならば、同じ労働者に二重の保険関係が成立することになつて不当である)。そして、右の労働者以外に、原告が経理その他の事務または販売等のために使用した労働者は直接本件工事のため使用する労働者ではないから、ここにいう労働者には当らない。(2) 仮りに、本件工事に従事した訴外両会社の労働者が原告の使用する労働者であると解されるにしても、本件工事に従事した労働者はそれぞれ六日間と七日間にわたり毎日各二名宛の合計十二名と十四名を数えるに過ぎないから、原告がその事業のために通年的に、すなわち「常時」労働者を使用するものには当らない。

(二) 原告は、本件工事において労災法第八条所定の「元請負人」に該当しない。すなわち、この「元請負人」とは、請負を業とするものに限られるべきであるところ、(昭和二十二年十月七日災補発第一号回答、昭和二十三年七月二十九日災補第一一五号回答参照)原告の事業は、専ら機械の販売を目的とし、(尤も、登記簿上は原告の目的事業として機械の「製造」販売とあるが、原告はまだかつて製造をしたことはない)また現実の事業の常態も請負を業とするものではないから、原告は同条にいう元請負人には当らない。けだし売買であるか、請負であるかはその取引の重点が物の所有権の移転にあるか、或は仕事の完成にあるかにより判別されねばならないところ、本件取引はいずれも普通の染色整理機にづいて、特別の考案、改良を施すことを要求せず、単にその所有権の移転を求めるものであり、またその据付試運転はこの契約の附随的な内容を構成するものに過ぎないから、この点のみを強調して講負というのは本末をてんとうした見解であるからである。

二、被告主張の二、保険関係の存否の判断は処分庁の自由裁量権の範囲に属するとの仮定主張について

当該事業が労災法にいわゆる強制適用事業に該当するか否かは、処分行政庁が労災法第三条に基いて判断することを要するから、明らかに法規裁量に属し、しかも本件認定決定はその前提をなす保険関係が存在しないのにこれあるものと誤認してなした行政処分であるから、それ自体重大且つ明白な瑕疵があり、無効である。

(請求の趣旨に対する答弁)

主文と同じ。

(請求の原因に対する答弁)

原告主張の事実中「一、本件の事実関係」、(但し、本件取引が売買であるとの法律上の主張はこれを争う)はこれを認めるが、その余の主張事実はこれを争う。

(被告の主張)

一、原告は、紡織機、染色整理機及びその附属品の取引を業務とするものであるが、原告の取引の常態は単に機械の販売をなすだけではなく、需要者の工場に右の機械を組立据付をする工事の請負をも含めてこれを契約し、且つこれを実行するものであり、本件取引もまた右業務の一部として行われたものである。そしてこの機械の組立、据付工事は単なる物の販売とその作業態様を異にし、その規模方法よりみて、労災法第三条第一項第二号(イ)所定の「その他の工作物の建設」に当り、しかも原告はこれ業務としてそのために常時労働者を使用しているものであるから、原告の事業は正しく労災法第三条にいわゆる強制適用事業に該当し、且つ原告は右事業において労災法第八条にいう元請負人に該当するから、本件取引についても、本件工事が着手された日(二屯キーヤの据付工事の場合には昭和二十八年八月二十八日、四色両面捺染機の据付工事の場合には同年十月四日)を以て原告をその事業主として労災法第六条所定の保険関係が成立したものといわねばならない。したがつてこの不成立を前提とする原告の本訴請求は理由がない。以下これを詳説する。

(一) 本件工事は労災法第三条所定の強制適用事業に該当する。

1、本件工事は同条第一項第二号(イ)の「その他の工作物の建設」に当る。すなわち、

本件取引の対象たる物件は、いずれも複雑な構造を有し、且つ数屯の重量を有する巨大な機械であるため、原告は需要者である訴外黒川工業株式会社の工場に多数の部分品を搬入した上、同所において、二屯キーヤの場合は六日間、捺染機の場合は七日間にわたり、それぞれこれを組み立て、かつ据え付けた上、試運転を了して需要者に引き渡したものであるから、本件工事はその規模と方法からみて正しく同条所定の「その地の工作物の建設」に該当するものと解せざるをえない。けだし、この「工作物の建設」とは、物を物理的または化学的に処理する作業のうち、物の製造、加工、運送等の行為を除き一定の個所に人為的労作により物を設備する一切の行為を含むものと解すべきであるからである。このことは、労災法施行規則第二十二条の二、別表第三の二が貸金総額計算方法を、また同規則第二十三条別表第四が保険料率をそれぞれ定めるにあたり、いずれも「工作物の建設の事業」として、「機械器具の組立又は据付事業」を掲げていることからみても明白である。これに対し、原告は労災法が「土木及び建築」を「その他の工作物の建設」の例示としているのを根拠として、「その他の工作物の建設」とは土木及び建築に準ずる大規模の土地またはその工作物の工事を指称するものと主張するけれども、土木及び建築にもその規模に著しい大小があること並びにこれを同項に掲げる他の強制適用事業と対比すると、この「工作物の建設」の事業の範囲を原告主張のように狭く解釈しなければならない理由は少しもない。

2、本件工事はそれぞれ同条第一項第二号の「事業」に当る。すなわち、この「事業」とは、特定の場所を中心として社会通念上独立の価値をもつた最小の作業体をいうものと解すべきであるから、本件工事はそれぞれこの「事業」に該当する。けだし、この「事業」は、かつて労働者災害扶助責任保険法第二条及びその適用事業を定めた労働者災害扶助法第一条第二項の規定によりその保険の対象とされていたものであるところ、労働者災害扶助法にいう工作物の建設の「事業」は、「工事」を「事業」として把握しており、またこの「工事」は沿革的にみて「略々事業場という程度の意味で一定の場所において労働者を使用し継続的になす作業の一体をいう」(昭和六年十一月内務省社会局労働部発行「労働者災害扶助法令及労働者災害扶助責任保険法令説明」)ものと解されていたものであるから、これを継承した労災法の「事業」の意味もまたこれと同様に解すべきであるからである。そしてまた、元来労災保険は、事業主の相互的責任保険の制度であり、保険加入者(各事業主)の費用負担の公平をはかるため作業内容が異りその危険に差等があるに応じて保険料を徴収するものであるから、ここに「事業」として把握すべきもの(保険単位)は、特定の場所を中心とし、社会通念上独立の価値をもつた最小の作業体と解するのが相当である。

3、原告は本件工事において同条第一項第二号の「常時労働者を使用するもの」に当る。すなわち、

原告は本件工事の現場作業自体は直接これを自己の労働者によつて行わず、自らは元請負人の地位に止まり、機械の製造業者にこれを下請させて作業させ、その完了とともにこれを検収して需要者に引き渡す方法をとつてはいるが、本件工事の契約、機械の構造及び据付の設計、作業の監督及び検査並びにその間の各種の交渉をするために原告自身常態として労働者を使用していることは明らかであるから、原告は同条所定の「常時労働者を使用するもの」に該当するものと解するを妨げない。けだしこの「常時」(この用語も労働者災害扶助法等において使用慣熟されてきたもの)とは、結局前記の意味における事業が常態として労働者を使用すること、換言するとその事業を行う上においてその業務の性質規模の上からみて労働者を使用するのが通常であると社会通念上是認されることをいい、必ずしも事業の全期間を通じて労働者を継続使用することを要しないし、また「この労働者を使用するもの」とは、労災法第八条が数次の請負の場合を規定していることからみて明らかな如く、必ずしも現場作業を行う労働者を直接使用するものであることを要せず、広くこの事業のために労働者を使用しておれば足りうるものと解するのが相当であるからである。

なお、労災法第三十条により確定保険料報告書に記載すべき労働者数は、この事業における全ての作業のために直接使用された労働者の総数と解すべきであるから、事業が数次の請負によつて行われる本件取引のような場合には、その労働者が身分的に元請負人に属すると下請負人に属するとの区別なく、その全員を包括したものと解すべきである。

(二) 原告は本件工事において、労災法第八条の「元請負人」に該当する。すなわち、

原告は前記の如く請負工事たる本件工事の現場作業自体をそれぞれ機械の製造業者たる訴外久保工作所及び訴外神崎鉄工株式会社に下請けさせ、その作業完了とともに原告がこれを検収して需要者に引き渡す方法をとつているから、原告が本件工事において、同条にいう元請負人に該当することは明らかである。

(三) 本件保険料算定の根拠

本件保険料は労災法第二十五条、同規則第二十二条の二、別表第三の二により賃金総額を算出した上、これに同規則第二十三条別表第四の保険料率を乗じて算定したものである。すなわち、

1、四色両面捺染機の据付工事について

契約金四百十万円から組み立てて据え付けるべき機械の代金相当額金三百三十五万円を控除した残額金七十五万円に、同規則別表第三の二所定の賃金総額算定率六十三%を乗じた金四十七万二千五百円に対し、別表第四所定の保険料率を乗じてえられた金九千四百五十円が右工事の保険料である。

2、二屯キーヤ据付工事について

契約金二百四万円から右同様機械の代金相当額金百八十万円を控除した残額金二十四万円に右所定の賃金算定率及び保険料率をそれぞれ乗じてえられた金三千二十四円が右工事の保険料である。

二、仮りに右一の主張が理由ないとしても、本件認定決定は無効でない。すなわち、

行政庁が、保険関係が成立しておらず、したがつてこれが存在しておらないにもかかわらず、これあるものと誤認して保険料を認定決定した場合においても、保険関係存否の認定に重大且つ明白な瑕疵がない限り、単に客観的に保険関係が存在しないとの一事により当然右処分が無効とはならないものと解するべきであるから、本件の事案の如き場合に、売買であるか請負であるかを誤認することはいまだ重大且つ明白な理疵とはいえない。

(証拠の提出認否)〈省略〉

第三、裁判所の職権による証拠調〈省略〉

理由

一、原告主張の請求原因のうち、一の事実(但し本件取引が売買であるとの法律上の主張はこれを除く)については当事者間に争いないところ、この事実に成立に争いのない甲第一、第二各号証の一、二に弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める乙第十一、第十二各号証の二に、証人中島彦三、同川端勇作、同上山彰男、同神崎峰一、同久保竹雄の各証言及び原告代表者本人尋問並びに検証の各結果を綜合すると、本件取引の経緯は次のとおりである。すなわち、

(一)  原告は訴外黒川工業株式会社(以下これを単に需要者と略称する)より昭和二十八年五月四日甲第一号証の一記載の注文書に基きヒーター付二屯キーヤ三台の、また同月十五日(但し注文を受けたのは同月十日)甲第二号証の一記載の注文書に基き小巾用四色両面捺染機全装置(以下これを単に捺染機と略称する)一連の各注文を受け、需要者との間に原告主張の如き内容の契約をそれぞれ結んだが、もとより、これらの各機械はいずれも巨大な容積及び重量を有するものであるから、予じめ機械部品を製造した上これを需要者工場内に搬入し、同所において組立据付工事を行う必要があり、しかも原告自身は機械の製造工場を持たず、また右の組立据付工事のための現場作業に従事する工員も雇傭しておらないので、原告よりさらに製造業者に注文し原告の責任において製造業者をして現実の作業を行わしめる旨の了解がついていた。

(二)  そこで、原告は需要者に対する右契約の履行のため同月十四日訴外久保工作所に対し甲第一号証二の注文請書に基き右二屯キーヤ三台を、また同日訴外神崎鉄工株式会社に対し甲第二号証の二の注文請書に基き右捺染機一式をそれぞれ注文し、右各製造業者との間に原告主張の如き内容の各契約をそれぞれ結んだ。

(三)  そこで、右の各製造業者は、原告に対する右契約に基きそれぞれ自己の製造工場において予じめ右の各機械部品を製造した上、これを(いずれも原告の費用負担の下に)重量物運搬専門の訴外京都梅小路運送店をして需要者工場内に搬入させ、且つその組立及び据付工事並びに試運転のために自己の使用する工員をそれぞれ二名宛同所に派遣して、二屯キーヤ三台の場合は同工場内精練漂白工場内において同年八月二十三目より同月二十八日までの六日間、捺染機の場合は同工場内雑品倉庫内において同年十月四日より同月十日までの七日間、それぞれ現場作業を行い、以て右各機械の組立及び据付工事を完了した。

(四)  そこで、原告は需要者立会の上で、各製造業者をして二屯キーヤの場合は同年八月二十八日、捺染機の場合は同年十月十日右の各機械の試運転をそれぞれ行わせ無事その完了をみた上、一旦各製造業者よりそれぞれの引き渡しを受け、さらにこれを需要者にそれぞれ引き渡し、以て本件取引を終えたことの各事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二、しからば、本件取引は講学上いわゆる製作物供給契約と称する契約の一類型と解すべきものであり(尤も、本件取引においては、需要者と原告及び原告と各製造業者との各関係において二重にかかる契約関係が成立しているものと認められる)、これが売買であるか、請負であるかは議論のわかれるところではあるが、右認定事実によれば、本件取引は単に対価をえて既存の機械を需要者に引き渡すことを目的とするものではなく、右契約の内容並びに当事者の意思に照らすと需要者の注文に適合する機械を新たに製作し、且つこれを需要者工場内の指定場所に据え付けた上試運転を了してこれを引き渡すことが契約の要素となつていたものと解せられるから、本件取引は単に財産権の移転のみを目的とする純粋の売買契約とは異り、むしろ請負的要素の強い請負と売買との混合契約と解すべく、就中、本件取引のうち、本訴の対象たる各機械の組立及び据付工事すなわち本件工事自体は、その規模ないし方法に照らし単なる物の製造及びその附随的工事とは認め難くむしろ一般の土木、建築工事に準ずべき性質をもつ請負工事というべく、そして原告はこの請負工事を製造業者をして下請せしめ、その労働者を使用して施行せしめたものであり、しかもかかる取引が原告の業務の常態であることは原告の自認するところであるから、原告は正しく労災法第三条第一項第二号(イ)所定の「事業として工作物の建設を行い、且つ常時労働者を使用するもの」に該当するとともに、労災法第八条により原告が適用事業たる本件工事の事業主に該当するものと解するを相当とする。(以下これを詳説する)。

三、労災法第三条は労働者の業務上の災害の危険性が、各種事業における労働の態様によつて異ることのみ鑑み、この労働の態様によつて生ずる災害の危険性すなわち災害率を基準として、強制的に労災保険に加入しなければならない事業(いわゆる強制適用事業)と労災保険に加入することを当事者の意思に委ねる事業(いわゆる任意適用事業)とに分類し、以て業務上生ずる労働者の災害補償の適正合理化をはかつたものと解せられるところ、

(一)  前掲証拠によると、本件工事はこの現場作業における労働の態様が労災法第三条第一項第二号(イ)所定の事業たる「土木、建築」のそれに準ずべき性質のものと認められるのみならず、その規模ないし方法よりみてその災害率も右の「土木、建築]並びに同号に規定する他の強制適用事業のそれに匹敵するものと解せられるから、正しく同号(イ)が「土木、建築」に準ずるものとして規定する「その他の工作物の建設」に該当するものというべく、このことは、現に労災法施行規則第二十二条の二別表第三の二が賃金総額計算方法を、また同規則第二十三条別表第四が保険料率をそれぞれ定めるに当り、いずれもこの土木建築「その地の工作物の建設」の事業として「機械器具の組立又は据付工事」を掲記していることによつても推認されるところである。

(二)  そしてまた、同号にいう「常時」労働者を使用するものとは、右の如き労災法第三条の法意並びに同号後段所定の「一年以内の期間において使用労働者延人員三百人以上のもの」との対比よりして、当該適用事業の事業主が、社会通念上「常態」として労働者を使用しているものと認められれば足り、必ずしもその業務の全期間を通じ労働者を常時雇傭していることはもとより、継続して労働者を使用することもその必要はないものというべく、そしてまた、ここにいう「労働者]とは右の如き本条の法意よりして、当該適用事業の現場作業(本件工事においては機械の組立据付工事自体)に直接従事する労働者を意味するものと解せられるところ(したがつて、労災法第二十五条第二項所定の保険料の算定根拠たるべき、すべての「労働者」とはその意味を異にするものと解する)、本件工事の現場作業に従事した労働者は、延人員にしてそれぞれ十二名と十四名に過ぎないこと前記認定の如くであるが、原告はかかる機械の組立据付工事を業務の常態としていることは争いなく、且つ前掲原告代表者本人尋問の結果によれば、原告はかかる取引を主たる業務として過去十年間に年間平均一億二、三千万円に達する取引を行つていることが認められるから、これらの諸点を綜合すると、原告は本件工事を事業として、そのため常態として労働者を使用するものと解するを相当とする。

なお、これに対し原告は右の労働者はいずれも身分的に各製造業者に属するものであるから、原告の使用する労働者には当らない旨主張するが、労災法第八条が事業が数次の請負によつて行われる場合には元請負人のみを適用事業の事業主と法定しているその法意に照らすと、少くとも事業が数次の請負によつて行われる場合には、現場作業に従事するこの「労働者」が、身分的に元請負人に属すると下請負人に属するとはこれを問わないものと解すべきであり、しかも原告の業務が数次の請負によつて行われることを常態とし、且つ本件工事もまたかかる場合に該当すること後記説示のとおりであるから、これを以て右認定を左右するに足る論拠とは解し難い。

なお、本件工事において、捺染機の組立据付工事の工員宿泊料及び人夫賃がそれぞれ原告負担であること当事者間に争いないところであり、またその余の本件の据付工事費も実質的には原告が負担しているものであることは需要者と原告及び原告と各製造業者間の各契約(特に前掲各書証)を彼此照合すると明らかであつて、労災法第八条が元請負人を適用事業主の事業として労働者の業務上の災害補償の確保を期した所以もまたここに存することに留意する要がある。

(三)  最後に、本件工事における原告の立場について検討するに、右認定事実によれば、本件工事は機械の組立据付並びに試運転の完了という仕事の完成を目的とする請負工事であり、(尤も、前掲証人の各証言並びに原告代表者本人尋問の結果によれば、本件取引の対象たる各機械はいずれも特殊の考案改良を要しない普通の染色整理機であると認められるが、仕事の目的物に殊殊の考案改良を要しないこと、したがつて仕事の完成自体に特段の創意工夫を要しないことと、仕事の完成を目的とすることはなんら抵触するものでないこと多言を要しないから、これを以て本件工事の請負性を否定すべき証左とは解し難い)そしてこの請負工事は各製造業者が原告との契約に基きそれぞれ施行したものであるが、これが同時に需要者との関係においては原告自身が需要者との契約に基き当事者としてこの請負工事を施行したものと認むべき関係にあること明らかであるから、(したがつて、原告が需要者と各製造業者との取引を単に斡旋したものでないことはいうまでもないし、また各製造業者が本件工事により完成したもの、すなわち据付機械の所有権を単に需要者に移転したに過ぎないものとも解すべきでないから)、三者の関係はそれぞれの請負契約に基く工事、換言すれば原告が各製造業者をして下請けさせ、自ら元請負人として本件工事を施行せしめたものと解する外はなく、したがつてまた、これが原告の業務の常態であると認める外はない。

(四)  なお、労災保険は一面において事業主の相互責任保険の制度であり、保険加入者(各事業主)の費用負担の公平をはかるため、当該事業の作業態様ないし災害率に応じて保険料率を法定している点に鑑み、本件工事の如き請負工事においては、独立の作業体と認めうる各据付工事毎に労災保険関係が成立するものと解すべきである。

四、しからば、本件工事はそれぞれ労災法第三条所定の強制適用事業に該当し、しかも原告は労災法第八条によりこの適用事業たる本件工事の事業主に該当するものと解せられるから、労災法第六条により本件工事の開始の日を以て、(すなわち、二屯キーヤの場合は昭和二十八年八月二十八日、捺染機の場合は同年十月四日)原告の本件工事につき法定の保険関係がそれぞれ成立したものといわねばならない。

五、なお、これに対し

(一)  原告は、「本件工事は各製造業者の出張工事であり、製造業者はいずれも労災保険に加入しているから、同じ労働者に二重の保険関係が成立して不当である」旨主張するが、本件工事は事業が数次の請負によつて行われた場合であること前記認定のとおりであるから、本件工事の保険関係は労災法第八条により元請負人たる原告についてのみ成立するものであり、これと前提を異にする原告の右見解は到底採用できない。(なお、仮りに本件工事において各製造業者をその適用事業主として労災保険が成立するとしたならば、その保険料は各製造業者の原告に対する各契約に依拠して算定せざるをえないと解すべきところ、とすれば保険料がいずれも不当に低廉となり、適用事業に従事する全労働者の災害補償の確保を期する労災法の目的に反する結果となるから、この点においても原告の見解には賛同できない)。

(二)  また証人倉津貞一及び原告代表者本人尋問の結果によれば、原告を始め全国における原告の同業者の多くが建設業法による登録を受けていない事実が認められるが、建設業法第二条別表21が「土木建築に関する工事」の例として「機械器具設置工事」を掲記している点に照らすと、果して右の事実が疑いもなく、法的承認を受けうべき事実かどうか疑問があるのみならず、建設業法と労災法とはその立法趣旨を異にするから、原告の事業の如く、常に元請の立場に止まり、しかも現場作業を全面的に下請業者に委ねている業態の事業については、建設業法の登録の対象外と認めうる余地があるとしても、労働者の業務上の災害補償を当該事業の事業主の保険により確保しようとする労災法の建前(特に労災法第八条)に照らすと、原告の事業がかかる業態にあることはなんらその適用除外を認めうべき理由とは解し難いから、右事実の存在を以て前記認定を覆すに足る論拠とは解し難い。

(三)  その余の原告の主張は独自の見解にして採用しない。

六、よつて、保険関係の不成立を前堤とする原告の本訴請求は爾余の判断をなすまでもなく理由がないからこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 山中仙蔵 鈴木辱行 栗原平八郎)

(別紙)本件取引

一、二屯キーヤ三台の売買契約。(契約日昭和二八年五月四日)

(一) 契約内容

代金-二〇四万円。納期-同年七月一五日。納入場所-発注主工場。引渡条件-据付試運転終了後。荷造運賃-原告負担。代金支払期-同年五月二七日に半額、据付試運転後に残額。

(二) 右契約履行の経過。

原告は機械の手持なく且つ原告自身にその製造工場を持たないため、これを訴外株式会社久保工作所から買受けた上、右発注主の訴外黒川工業株式会社に納入することとし、同年五月一四日、訴外株式会社久保工作所との間に、「代金-一八〇万円、納期-同年七月一五日、納入場所-黒川工業株式会社工場、引渡条件-据付試運転後、荷造運賃-原告負担、据付試運転費-株式会社久保工作所負担、代金支払期-同年六月五日に半額、据付試運転後に右残額」、なる旨の売買契約を結んだ。そして株式会社久保工作所は同年八月二日頃機械ができ上つたので、右約旨に従い、同月二三日より二八日まで六日間、自己の使用する工員二名を訴外黒川工業株式会社に派遣し、その責任と負担において右機械の据付試運転を完了し、同月二八日同機械を原告に引渡した。そこで原告は同日さらにこれを訴外黒川工業株式会社に引渡し履行を完了した。

二、四色両面捺染機一台の売買契約(契約日同年五月一五日、但し注文は同月一〇日頃)

(一) 契約内容

代金-四一〇万円。納期-同年八月一五日。納入場所-発注主工場。引渡条件-据付試運転後。荷造運賃-原告負担。代金支払期-同年五月二七日に三分の一、同年六月末日に三分の一、試運転後に三分の一。

(二) 右契約履行の経過

原告は前記二屯キーヤの場合と同趣旨で、これを訴外神崎鉄工株式会社より買受けることとし、同年五月一四日同会社との間に、「代金-三三五万円、納期-同年七月三〇日、納入場所-黒川工業株式会社、引渡条件-据付試運転後、荷造運賃-原告負担、据付試運転費-工員宿泊料及び人夫賃原告負担、神崎鉄工株式会社は自己の工員二名を自己の費用で派遣、代金支払期-同年六月五日に三分の一、機械の出来上りと共に三分の一、試運転後に三分の一」なる旨の売買契約を結んだ。そして訴外神崎鉄工株式会社は右約旨に従い同年一〇月四日から同月一〇日まで七日間、自己の使用する工員二名を訴外黒川工業株式会社は派遣してその責任と負担とにおいて右機械の据付試運転を完了し、同月一〇日同機械を原告に引渡した。そこで原告は同日さらにこれを訴外黒川工業株式会社に引渡し覆行を完了した。

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